すべての職域における獣医師のありようとして「獣医師の誓い-95年宣言」が制定されたが、これは、その誓いを基本において、ひろく診療に従事する獣医師を対象に、動物の医療に関連する諸問題を検討し、「動物の基本姿勢」としてとりまとめたものである。
動物が貴重な生物資源として、また、家族の一員として重要な役割を担うようになった今日、動物においても人と同様に高度な医療の提供が期待されるようになった。
一方、人と動物の違いに対する社会の受け取り方は多様であって、われわれ獣医師の側の認識を含めて大きな幅が存在している。
獣医師が診療業務に従事するにあたっては、常に飼い主の気持になって動物に接するという姿勢が求められ、安易な商業主義に走ることは、厳に慎まなければならない。
また、動物医療が社会の要請にいかに応えていくかという見地からすれば、獣医師は、たんに診療、予防業務にあたるだけでなく、広く保健衛生さらには正しい動物の飼い方等についても専門家として積極的に関与することが望まれる。
動物医療は、第一義的には疾病の診断と治療を意味するが、加えて疾病の予防、健康管理、飼い主に対する動物の保健衛生指導等の獣医行為が含まれ、また去勢、除角、安楽死等の行為も動物医療の包括的な概念に含まれる。
動物医療は、当然のことながら動物のためにあるが、一方、後段にあげた諸行為は、事例によっては必ずしも動物のために行われているわけではなく、人の側の理由や都合による場合があることも否定できないであろう。
獣医師としては、動物の立場を尊重しつつ、飼い主の要請にどう応えてゆくべきか、それぞれ悩むところである。
動物医療の基本理念は、動物の保護、福祉の精神にあるが、「獣医師はこうあるべきだ」という具体的な答を得るのは容易ではない。
要は、診療の出発点ー診療に対する基本姿勢として、獣医師それぞれが納得できる理念を持つ必要があるということであろう。
動物医療は、高い社会性と公益性、さらに深い専門性をもっている。
診療報酬は、診療にかかる物の消費(償却を含めて)、時間と労力の消費、そして知識や技術の提供等に対する対価及びそれらの再生産に要する経費と位置付けられる。
しかしながら、一般には知識や技術の経済的評価は困難であり、また診療に際してどのような消費がなされたかを客観的に知ることは難しい。
診療の内容について必ずしも専門知識を持たない飼い主と、診療の専門家である獣医師との間にある認識や立場の相違は大きいことが予想される。
家畜共済制度においては、診療料金(点数制)が公的に定められているが、犬猫等の小動物診療は、いわゆる自由診療制とされていることから、獣医師はこの点をよく心して、飼い主が十分に納得できるよう対応するとともに、診療費の明細を明らかにするなど、その透明性や客観性を確保しなければならない。
なお、自由診療制のもとでは、獣医師会や獣医師相互間で診療報酬の協定や標準料金の設定を行うことは許されないので、その妥当性の確保について、各人が十分に留意する必要がある。
動物医療は、獣医師と飼い主との信頼関係の上に成り立つものである。
飼い主の側は、提供されるであろう医療の内容、適否、妥当性、その他を判断したり、評価したりすることが一般的に困難であり、獣医師を信頼し、全てを委ねるという立場とならざるを得ず、飼い主に対するインフォームド・コンセントの重要性もひとえにこの点にある。
このような両者の関係からみるとき、その前提として獣医師に対する信頼関係が欠落すれば、動物医療の目的を達成することはできないであろう。
診療をめぐる多くの問題は、医療過誤に由来する場合と、飼い主との間の信頼関係の欠如に起因する場合があるが、これらに対処していくためには、細心の注意と配慮をもって診療にあたり、万一、問題が発生した場合は、誠意をもってその解決に努力しなければならない。
獣医師は、良識ある社会人としての人格と見識を培うよう常に努力するとともに、その診療にあたっては、特に次の点に留意して対応することが求められる。
また、診療はつねに開かれたものとするよう心がけ、転院してきた動物の診療等にあたっては、お互いの立場を十分に尊重しつつ、診療に関する情報を交換する等配慮して円滑な診療に努め、かりにも獣医師同士がお互いを非難し合うようなことがあってはならない。
獣医師は、動物の診療にあたる際もそれ以外の場合も、専門家としてそれにふさわしい言動を心がけ、さらに社会一般に対しても動物の保護、福祉に関して指導的な役割を果たすことが望まれる。
適正な飼養管理の指導には、世界獣医学協会(WVA)が定める次の動物福祉の原則が含まれる必要がある。
獣医師は、診療の一環として、医薬品の処方や調剤を行なうことができるが、学理的に十分な根拠がなければならず、かつ必要最小限度を心がけ、また、劇薬、毒薬、要指示薬等については、それぞれ必要な使用上及び管理上の規制に精通しておくことが求められる。
獣医師に与えられたこれらの権限は、一方において重大な社会的責任を伴うものであることを各自が十分に自覚しなければならない。
広告は目につくことだけに、広告の方法、内容等をめぐるトラブルも少なくない。
広告は、一般にはそれを必要とする者に対して適切な選択ないしは判断のよりどころを与えるものであるが、動物医療の持つ社会性及び公益性にかんがみ、法令上の規制を遵守するだけでなく、それにふさわしい良識と節度が求められる。
診療施設に雇用されているいわゆる勤務獣医師は、自分の行った診療行為等について当事者としての直接の責任と権限があることを十分に自覚し、専門職としての良心に基づいて、その責任と権限を正当に行使し、雇用者と勤務獣医師との間で常に良好な信頼関係を確保するよう努めなければならない。
獣医師はその職責として、診断書や証明書等を発行したり、鑑定を行ったり、相談を受けたりする場合が少なくない。 これらの場合、専門職としての厳正な立場でこれにあたり、社会の批判を受けるようなことがあってはならない。
そもそも動物医療は、医療技術を提供するものであって、いわゆる商行為をあわせ行うのは品位に欠け、信頼を損なう恐れがあるとする見方がある。
一方では、専門家である獣医師がトリミング、ペットフードの販売、ペットの一時預かり(ペット・ホテル)等の動物関連業務に関与することは、飼い主にとっていろいろ好都合であり、有益だとする意見もある。
それらの業務に関する場合には、同業務を専門的な知識に基づく診療及び保健衛生の指導の一環として位置づけ、対応することにより許容されるものであり、動物医療に対する一般の信頼を損なうことがないよう十分に留意することが肝要である。
動物医療は、獣医師のみに課せられた重要な活動部門である。
われわれは、「獣医師」という職業を社会から「より親しまれ、より信頼される」職業に発展されることについて、共同の責任と義務を持っている。
獣医師一人ひとりが、その責任を自覚し、社会に対する責務を果たすことにより、広く獣医業全体の発展に貢献するよう努力することが求められる。
平成8年5月7日 社団法人日本獣医師会・獣医師道委員会策定
平成8年6月4日 日本獣医師会・平成8年度第1回理事会承認
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